黒虹 まさかね
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堀井の謄写版の生成から始まり、1980年代の謄写版終末期に至る多くの謄写版関係者の寄稿から成っている。謄写版の開発が1894年ごろからだから、本書まで約90年である。開発時代を知る人がかろうじて生きている時期に編まれた本だというところに意味がある。
謄写版の製造・販売、またガリきりの技術者やシルクスクリーン芸術家の発言が中心になっているのだが、その合間に2.26の逸話などユーザー・サイドの情報も伝わってくる。出発時点で謄写版の第一歩を支えたのは軍隊だったことは明らかで、日清戦争がきっかけだった。その翌年1895年には大本営が軍事通信用に堀井の謄写版を採用したと、本書巻末の「ガリ版出版文化史年表」にある。ここからガリ版の全国的普及が始まるのである。
軍隊による何かの普及というのはバカにならない現象だ。その一つが謄写版だった。徴兵された日本の男子のほとんどが、この簡易印刷機の存在を知ったわけである。堀井謄写版の営業努力もあるが、謄写版は全国の役場や企業にも普及した。軍隊で知った謄写版が除隊して職場に戻ったら、身近にあるという現象が起きたわけだ。そして、学校での普及は軍隊に入る前に謄写版の基礎技術を身に付けさせることになった。技術のいたちこっこである。このころの情報リテラシーは謄写版から始まっていたのだ。
だが、この書物には合羽刷のことが出てこない。伊勢型紙の存在でも分かるように、江戸時代から型紙を使って刷る技術は存在していた。それを謄写版を作った人々が知らなかったとは思えない。この点は疑問のまま残った。
現在、急速に謄写版はなくなっている。リソファックスはその発展形態だが、これとても複葉機とジャンボジェットほど違う。すくなくともガリ版とはもう呼べない。うちにも二台の謄写版が数年前まであったのだが、今はもうない。ガリ版で作った同人誌は残ってはいるものの、出来上がった書物からでは学生たちに謄写版印刷の果たした文化的役割を説明するには充分でないような気がする。
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最初から意図されていたのかどうかは分からないが、この作品に並んでいるのはバラバラにみえてもある線でつながって2.26に流れ込む連関をもっている。“昭和史の点と線”なのだ。そのバラバラさとなんとなくまとまる大事件との関係は、『平家物語』や『太平記』のような大きな軍記物語の流れにも似ている。
この流れの中に気づいたことが二つある。一つはお定まりだが、暗殺だ。“尊王””維新”を唱える青年将校たちだから、幕末の倒幕運動を雛形にするのは良く分かる。皇道派は勤皇を自認し、統制派を佐幕派とみたてたことなどその表れだろうが、桜田門や坂下門の暗殺、刺客も彼らが真似るところとなった。加えて、忠臣蔵も彼らの雛形となった。清張自身が処刑直前の青年将校たちを切腹前夜の赤穂浪士になぞらえて描写する場面もあるが、内部に引用されている当時の資料に青年将校たちが頻繁に忠臣蔵を持ち出していることが見える。この事実は、真山青果が『元禄忠臣蔵』を昭和九年から書き始めていたことを考えあわせると面白い。昭和九年は2.26の直接のきっかけになった永田鉄山が軍務局長になり、統制派と皇道派の抗争が激しさを加えてきた年である。既に5.15や血盟団事件など暗殺の時代は始まっていた。青果はこの時点から2.26を超えて書き続けたわけだ。その側に自分たちを義士になぞらえた人々もいたのである。彼らの刺客、あるいは武士道観は江戸時代の意識を引きずっていたと考えられるのだ。
この蹶(決)起の重要アイテムに謄写版がある。マクルーハン流に言えば、“ガリ版がなければ2.26は起きなかった”となるかも知れない。松本清張の記述には、謄写版資料が頻出する。多分これらは福岡の清張資料館に今もあるのだろう。この作品に限らず、たとえば、三一書房の『現代史資料 国家主義運動』に集められた怪文書は多くのガリ版刷りであり、これが蹶(決)起した人々に与えた影響は甚大だった。事件当時、銀座の伊東屋に反乱軍将校がガリ版を買いに来たという記録も『ガリ版文化史』(新宿書房 1985)に玉川一郎の『雑学のすすめ』からの引用として出ている(p150)。彼らは宣伝・連絡・作戦用地図などなどにガリ版を多用したのである。
ラジオはまだ大きな力を果たしていない。難聴地帯が広かったのか、この作品でも良く聞こえなかったように記している。清張は反乱軍が放送局を抑えなかったことを不審としているが、まだそれほどの意味のある施設ではなかったのだろう。その代わり伊東屋にガリ版を買いに行ったのだ。これが、彼らの反乱部隊に東京の麻布近辺の部隊しか組織できなかったという限界となり、彼らの敗北につながった。それでも、大塩平八郎のときは木版の檄文だったから、謄写版になったのは少し成長したと言えるだろう。
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