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2009/01/14

読みました『泡沫の三十五年 日米交渉秘史』 (来栖三郎 中公文庫 4-12-201350-X 昭和61.7.25印刷 昭和61.8.10発行)

 伊藤隆の巻末解説に、昭和二十年八月二十七日付けで、吉田茂から来栖三郎に宛てた書簡が紹介されている。「If the Devil has a son, surely he is Tojo.」と吉田はわざわざ英文で来栖に書き送った。吉田と来栖に共通する東条観なのだろう。しかし、この書物の中では東条の理不尽さはあまり描かれていない。うわべだけかもしれないが、日中戦争を収めようとしたり、日米開戦を避けようとする姿勢さえ見せている。
 結局開戦を避けることが出来なかった特命大使であったから、来栖には敗軍の将に通じる肩身の狭さがある。「泡沫」という書名が物語るのは外交のむなしさだろう。日米戦を避けるため粉身努力をしていても、ひとたび開戦となれば全てが水泡に帰すのであり、まして敗戦となれば、水泡さえものこらない。
 最終章にあたる「新しいに日本の建設」に面白い記述がある。日清戦争のときに「絵双紙屋があって、その店頭には、その当時の問題になった事件や人物の一枚絵や、二枚続き三枚続きの錦絵が吊り下げて売られていたのである。」(P233-234)である。珍しい風俗ではないが、明治初期の絵双紙屋の実態を写している。それにつづけて、某大尉が中国人の赤子を抱きながら戦っている図柄が紹介され、「すなわち当時のわれわれの英雄観によると、一方には敵国人の嬰子を保護しながら、一方には孤剣衆敵と闘うような青年士官が勇者としてたたえられたのである。」と語る。つづけて、日露戦争における捕虜の取り扱いが紳士的であったことから、来栖がシカゴ領事であったとき、ロシア人の元捕虜が、第一次世界大戦に日本兵として従軍したいと申し出てきたことなどが記されている。
 来栖はこうした日本軍の伝統的な紳士性が二次大戦で破られてしまったことを嘆く。東条英機が大東亜戦争のあり方を従来の紳士的戦争は異なるものと宣言していたことは清沢洌の日記にも触れられていた。また、「おかわいそうに」事件も従来の戦争意識が変化していることを示す史実だ。総力戦、最終戦争などという言葉に含まれる絶対性はこれまでの戦争と峻別した意識を作り出したのだろう。来栖の考えは、その思い上がりに似た意識を批判している。それが最後には「しかし民主主義が多数政治であることを極度に押し進めて行くと、単にある一定時に生まれ合せ住み合せた個人らの多数決のみによって、本来永続的存在であり、子々孫々に伝うべき存在である国家社会の運命を、一挙にして未来永劫に破壊してしまうような危険もありうるから、祖先、自分、子孫と、この世の中を縦にかつ永続的に考えさせる「家」というものを、個人とともに社会の一つの単位として考えて行くことも、民主政治を建設して行く上において、われら東洋人が特に考慮すべき点ではなかろうか。」(P252)という言葉になったのだろう。圧倒的多数の国民が戦争を支持していた時に、それを阻止しようとして失敗した外交官が持った共同体に対する不安がこれだろう。レジス・ドプレのメディオロジー概念にも似たものを感じてしまうのだが、どうだろう。

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