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2009/06/07

『日清戦争「国民」の誕生』(講談社現代新書)を読みました。

 入院中に読んだ本の中で、これだけは早くブログに書きたかったのが『日清戦争 「国民」の誕生』(978-4-06-287966-6 講談社現代新書 2009.3.20初版)だ。著者の佐谷眞木人さんを知っていることもあり、また頂戴した書物であることもあるが、何より内容が面白かった。このところこのブログに書き込んではいないのだが、僕が『朝野新聞』の明治十一年ごろの記事を読んでいたことと奇妙に共鳴している。また、『萬葉集の発明』が国民歌集を創り上げていった過程を、『創られた伝統』歴史的有効性の問題としてとらえなおす視点にもなっている。本書の出発点は『民族の表象』(慶応義塾出版会)にまとめられたプロジェクトであることもうなづける。
 この書物では日清戦争の報道が日本国民の帰属意識を高揚させたターニング・ポイントを作り上げたことが指摘されている。日露が非西洋諸国に抗ヨーロッパ意識を根付かせたのが、外向きの効果であったとするならば、日清の効果の内向きな側面だ。義勇兵、義捐金、兵士の美談など新聞を媒介として競争的な意識が波及した。ルネ・ジラールの欲望の模倣、ボードリアルの消費行動などに共通するものが無いだろうか。そんなことを考えてしまった。
 『朝野新聞』の読者としては、台湾事件の時、ほとんど清国との衝突を信じた一部の士族が義勇軍の設立、参加を願い出て、それが新聞記事として取り上げられていたことに注目したい。こうした行為が爆発的に昂揚するのは、実戦となった日清戦争を俟たねばならないだろうが、その気分は少し遡る時点から現れつつあったのかも知れない。同時にこれれは、新聞記事として同時に掲載されることが多かった、学校設置への私財寄附とも関連しないだろうか。
 メディアとしての新聞に行動喚起力があったことが、それ以前のメディアとの交代に関わると見ることはどうだろう。この書物では歌舞伎の持つ際物的性格が、西南戦争においては報道的役割を果たしていたのに、日清戦争以降、古典劇としての場所を確立していく過程が記されている。演劇運動の中での位置づけも必要であるが、メディアの性格変化としてみることも十分に意味がありそうに思う。
 このほかにも戦争記念碑の問題など、本書をとっかかりとして、忘れられた近代遺跡をメディア史的観点から見直すことも出来そうだ。病床で良い刺激をうけてしまった。

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