病院で読んだ本
古典的な作品で、まだ読んでいなかったものも今回の入院でお見舞いにもらった。『冷戦交換ゲーム』(ロス・トーマス 丸本聡明 ハヤカワ・ミステリー 978-4-15-001044-7 1968.7.15 2007.6015 4版)はちょっとカサブランカの匂いのする米ソスパイ戦ものだ。ハードボイルド的な面白さと国際関係、もっとも今となっては懐かしい背景だが、そのあたりがミックスされて独特の雰囲気が出来上がる。バーボンでも飲みながら読みたい本だが、もちろん病院ではそうはいかなかった。もう一冊は『料理人が多すぎる』(レックス・スタウト 平井イサク訳 ハヤカワ文庫 4-15-071901-2 1976.10.15 2002.7.15 15刷)。こちらはネロ・ウルフシリーズで一番有名な作品かも知れない。名探偵シリーズだから、殺人と犯人探しがメインストーリーだが、魅力は登場する料理にある。名コックが十五人集って腕を競い合うというのだから、それだけでも旨そうな話だ。その話の起点はカタロニアのソーセージだった。それはそれはおいしそうで、病院に居る人間には「早く良くなろう」と前向きな食欲を掻き立てる名作だった。
ところで、この本を読み終わったころ、一人の患者が入院して来た。日本語が話せない人で、病室の看護婦さんたちは大弱り。看護学校の英語ではsuppositoryなんて教えないのか、手真似で説明している。また、レントゲンと言っても通じないし、朝食の大根おろしを「これなんだ」と聞かれて困ってしまうという状態になった。たまたま電子辞書を持っていたのが運の尽きで、僕の不自由な英語で通訳をすることになってしまった。この歳になるまで自分の英語を誉められたのはこれが初めて。妙な体験をしたのだが、この外国人はカタロニア出身のチェリストで、公演に来日して事故にあったしまった。パブロ・カザロスを思い出す前に、まずカタロニアのソーセージは美味しいかと聞きたかったのだが、異国で、大根おろしとシラスなど食べさせられているときに、そんな残酷な質問をしてはいけないと踏みとどまった次第である。
さらにもう一冊、ブライアン・オールディスの『地球の長い午後』(ハヤカワ文庫 伊藤典夫訳 978-4-15-010224-1 1977.1.31 2008.9.15 23刷)は少し細菌にやられて熱っぽい間に読んだものだから、余計に情景が鮮明に頭の中に刻み込まれた。赤色矮星化した太陽の下で、異常に進化した植物と、文明を失い変異を重ねながら生き延びた人類が織り成す物語だが、ナウシカの背景になった腐海のイメージに通じるところもある。サイバーパンクの描く電脳系未来に対して生態系未来と言えるだろうか。いずれにしろ、三冊とも、読まずに死んでしまわなくて良かった。
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