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2010/04/08

“So Far From Bamboo Grove” (Yoko Kawashima Watkins Beech 1986 Tree Books 13-978-0-688-1311-9)を読みました。


 終戦時に、北朝鮮のロシア国境近くに暮らしていた一家、満州に行った父親の留守を守る母親、姉、妹、それに長男の受難の物語だ。その末妹であったYoko Kawashima Watkinsが英語で本書を書いた。出版は1986年。アメリカでミドル・スクールの副読本に指定された。日本語訳が無いことに驚かされる。韓国語には『擁子の話』として翻訳されたというが、これが物議を醸したことはネット上で有名だ。韓国と朝鮮を虚偽によって誹謗したという指摘がなされ、結局韓国では発禁となったと聞く。一方アメリカでは多くの賞を取ったが、在米韓国人の反対運動に遭い推薦図書から外す州も出た。避難する日本人を朝鮮人が虐殺、レイプする描写が事実に反するもので、朝鮮民族を貶めていること。そもそも朝鮮の植民地化について、加害者である日本人をあたかも被害者のように描いていることに間違いがあるという主張によるものらしい。歴史上の事実に反した書物とされた。確かにこの本が、歴史的に正確かどうかは検討の必要がある。当時まだ朝鮮には入っていなかったはずのロシア兵の出現や、行われなかった米軍機による朝鮮北部への爆撃など、公にされている事実とは食い違うという指摘が可能である。日本に帰ってからの出来事も、事実とは限らない。著者も本書を小説として見ることを求めているそうだ。
 そもそも本書は二つの視点から一家の受難と避難を描いている。一つは十一歳になる私、つまり擁子の目。一つは長男のヒデヨの目である。ヒデヨは母、姉、妹が共産軍に追われて取るものもとりあえず逃げた時、彼だけは国境に近い軍需工場に勤労動員されていた。攻撃が始まった時、彼は仲間と一緒に隠れて逃げた。その逃避行が母親たちのものと並行して描かれている。この二つの視点は物語として効果的であるが、ここから分かるのは、聞書きによる事実の投影は色濃いにしても、この作品は小説であり、全部を作家が実見して書いたものではないということだ。著者や、伝聞者の思いこみ、誇張も考えられる。それでも迫真の内容である。その状況のもとで、起こりえた事実として記述されているからだ。
 日本には数多くの引き揚げ悲話が残っているし、かなりの出版物もある。また、ある程度の年齢の人は実際の引揚者から話を聞いている。そういう点では川島一家の受難も耳新しいものではない。この作品が、ただの引き上げ者の話に終らないところは、帰国してからの受難にある。帰国した母は姉のコウと擁子を大学と女学校に行かせる。まだ住む所も無く、駅に寝て、日々の食料はゴミ箱をあさってなんとかしているのに、安くない授業料を納めている。その金はどこから出たか。姉のコウは母が体を売ったのではないかと疑う(p116)。母は朝鮮から蓄えを持ってきたのだと笑うのだが、作者はこれをわざわざ書きとめた。母親に、通常の苦労ではなく、無理を通り越した努力をしても子供に教育だけは受けさせようとする姿を見たからだ。
 母の死に際して、弔いを拒否した僧侶(p127)や、擁子や姉に対して、心無い言動をする同級生達(ex.150)、また母の死に呆然としている姉妹からあわよくば金をむしりとろうとする葬儀屋(p123)、こうした善意を欠いた人々とうらはらに、姉妹に住居を提供してくれたマスダさん(p126)や、ヨウコを陰から支える吃音の学校用務員ナイドさん(ex.p137)の存在は、戦後の日本人を嫌悪するのではなく、当時の混乱した状態での人情を写しているのだ。それは朝鮮で生死の間をさまよっていたヒデヨを助けた一家の描写(p162-)からも言えることだ。
 この作品はアメリカだから出版できたのかも知れない。ウォルツの言うoffshore balancing は、局地的に対立する勢力から身を引いた位置にアメリカが居ることによって、当事者に対して中立的な立場が取れるところに利点がある。この作品の出版にはoffshore 性が必要だったのだろうか。
 第二次世界大戦後、東欧諸国にいた1240万人のドイツ殖民は追放された。中にはナチス以前に移住した人々も含まれていた。そのドイツ人の中には強制収容所に入れられた人々も居た。ポーランド系ユダヤ人のサロモン・モレルが所長を勤めたズゴダ収容所では多くのドイツ人が死んだ。ポーランド政府は、人道に対する罪でサロモンを告発した。サロモンはイスラエルに逃げた。無罪を主張するサロモンを保護したイスラエル政府は彼をポーランドに引き渡さず、サロモンはイスラエルで死去した。
 こうした出来事の積み重なった20世紀は、難民の世紀だとも言われる。日本の為政者を含めてこれを繰り返さないと明言している。しかし、その渦中に居た人の作品を自国の言語で紹介も出来ない体制には、言葉とはうらはらな、おぼつかないものを感じてしまう。

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コメント

great post as usual!

投稿: TomPier | 2010/05/04 17:22

あなたの鋭い読みと分析を堪能しました。さらにフィクションめいた続編「My Brother,Sister and I」(1994)の読みの参考にしたいと思っています。。

投稿: Hiroshi Maruta | 2013/06/12 06:02

 おほめにあずかり恐縮です。

投稿: | 2013/06/12 16:39

日本語訳が出ていました。今年の七月に初刷が出ていました。気づくのが遅くて、最近入手しました。よかったよかった。

投稿: 本人 | 2013/12/25 18:39

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