『阿呆物語』をよみました。
『阿呆物語』グリンメルスハウゼン 望月市恵 岩波文庫 1953.10.5 1986.11.6、5刷(上中下とも)。
大体日本の寛永期にあったヨーロッパの大戦、三十年戦争を舞台とした自伝的小説である。ピカレスク・ロマンや教養小説に近いとも言えるが、性格はそう明確ではない。三十年戦争の複雑な対立構造と、そのもとで生活する農民、そこから人員を吸い上げる傭兵の生活が描かれる。ピカレスクなどに分類されるのは、主人公であるジムプリチウス(Simplicius)が兵士としてなりあがっていく姿が、決して善良な生活ではないことからだろうし、教養小説としてみるのは、彼の成長過程が記されているからだろう。しかし、日本文学的に見ると、貴種流離譚の要素もあり、作品の主眼は作者の分身であるジムプリチウスが目にした世相にあって、主人公は狂言回しに近い。主人公の性格として設定されている文字通りのSimple、単純さも、世相を描写するには好都合な性格で、最終的には神の愛でし人となって、作品の首尾一貫した構成を成り立たせている。
作者グリンメルスハウゼンはかなりの知識人で、多くのギリシャ・ローマの古典に通じている。記憶術のシモニデス(p182)が出てくるのは、特に異端的とは言えないにしても、魔法使いの憲兵が不死身の術を授けたり、怪し気な話が数多い。技術と魔法の中間のような物についての記述もある。上巻p194あたりに羅列される中には、アルキメデスやアルキータスというギリシャの哲学者に加えて、青銅のロボットを作ったアルベルトス・マグヌスが上げられているが、これなどは十一世紀の魔術師だ。同じあたりに「人類の全体にとって大きな利益であるすばらしい印刷術を発明した人物を、すべての芸術家以上に賛美しない人があるだろうかね。」と印刷術を取り上げるがグーテンベルグの名はでてこない。ここでは印刷術を魔法的な技術と同列取り上げている。
ジムプリチウスは兵士を終えて巡礼となり、地獄めぐりをしたり、水の精霊の案内で地球の中心に行ったり、架空旅行もする。ロシアに渡って、当時まだロシアでは作れなかった火薬の製造法を伝えたり、韃靼から朝鮮王奴隷のように献上され、日本を通ってマカオからトルコ、ヴェニスに至りつくなど、世界一周も果たしている。ガリバー以前の架空旅行記である。
科学と魔術、民衆と貴族、そして地理上の情報など、十七世紀ヨーロッパの関心事がよく分かる。世相への興味と反映という点では浮世草子的な精神に通じるところがあるかもしれない。世界にわたる近世的精神というものを考えることが出来るとすれば、大切な作品になりそうだ。
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