2007/08/12

殿様の呪力

 八月六日に蔵王に行きました。刈田岳に伊達宗高の顕彰碑がありました。昭和四十二年に村田町長大平良治によって立てられた碑です。
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 この碑文を要約すると、柴田刈田三万石、村田城主伊達右衛門大夫宗高は十八歳の寛永元年、刈田岳の大噴火で領民の惨状を見るに忍びず、刈田岳に登って火煙にむせびつつ身の危難を犯して命願をかけ、その至誠が天に通じて噴火が収まった。命願は三年以内にその命を失うとされていたが、宗高は三年後、京都で二条城の守護にあたっていた時、疱をわずらい命を落とした。大正十五年に記念碑を建て顕彰したが、再び新たな碑を建てた。
 ということです。
 『猫絵の殿様 領主のフォークロア』(落合延孝 吉川弘文館 平成八年五月初版)にあるように、近世領主には超自然的な力があると信じられていました。この話もその一つとしてみることが出来るでしょう。
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 大正の石碑はこちらです。並んで建っていました。
 今回の旅では、山寺のほか、寒河江の慈恩寺にも回りました。こちらはあまり知られていませんが、寺としては山寺よりも趣がありました。江戸時代の規模もこちらの方が大きかったようです。芭蕉が行かなかったので、有名にはならなかったのでしょう。仏像も重文級がそろっていて、観光名所にならないのが不思議です。寒河江の町ともども穴場ですね。

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2005/10/31

曾我五郎の足跡

 昨日の続きです。曾我五郎が足跡を石につけている絵が、架蔵の逸題武者絵本にありました。場所は箱根権現です。この本は今みあたらないので、これはコピーからの転写です。
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 今も箱根にあるように書いてありますが、なぜか深川にあるのです。深川にもあるのかな。つまり、箱根にもまだあるのかどうか、確認しないと分かりません。あるとすれば箱根権現でしょうね。
 この絵本は他の絵本とともに、骨董市で買いました。九谷焼の箱に詰め物がわりに使われていたものです。たいそう安く分けていただいたのですが、そのときに一緒だった本もこれも、稀書でした。こういうことがあるので、楽しいです。

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2005/10/30

曾我五郎の足跡

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 曾我五郎が箱根にいたとき、敵の工藤への憤りから、足跡が残るほど強く石を踏みつけたという伝説がありますが、深川の法乗院、えんま堂にその石があります。どうしてここにあるのかなど、いつか寺の人に聞いてみたいと思いながら、聞きそびれていました。今日、ひさびさに深川散歩をしたら、もっと目に付くところにあったこの石が、見つかりにくくなっていましたので、撮影してここにあげることにしました。

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2005/08/15

鳥海山に登りました

 八月十一日に鳥海山に登りました。

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 この写真は登山口近くの白糸の滝です。頂上で雨に遇いました。これが半端ではない雨で、雷こそ無かったものの、大急ぎで下山しました。登りでは高山植物の花々を堪能させてくれた「賽の河原」が渓流と化していました。膝上まで、かなり激しい流れにもまれました。同行の皆さんのおかげで、無事下山。後のビールのうまかったこと。
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 九日に泊まった湯の浜の日没も見事でした。


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2005/06/12

東吾妻山の二重虹

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 nokiさんコメントありがとう御座います。東吾妻山での二重虹も、遅ればせながら載せて見ます。今年の五月八日、昼ごろです。カメラは五月十五日と同じものでした。

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2005/03/10

噴水が凍りつくよなパリの春

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パリがどんなに寒かったかというと、こんなだったのです。リュクサンブルグ公園の前にある噴水です。ううっ。思い出しても寒い。
 普段は彫刻にいるかがいるのだそうで、今はいるか?

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2005/03/07

またまたご無沙汰

 パリから帰ってきたところです。パリに居る間に『フーコーの振子』を読みきって国立工芸博物館にも行き潜望鏡の中に隠れて一日過ごそうかと思ったのですが、ナント、大寒波に遭遇し、ついにダウンまでしました。風邪引いたまま行ったのがいけなかったのですけどね。
 零下六度でしたから、ドイツなどと比べればたいしたことは無かったのでしょうが、「氷がはつた」といって騒いでいる昨今の東京人としては、寒い毎日でした。エッフエル塔が凍り付いて危険のため立ち入り禁止になっていました。
 その代わり、室内であるルーブルなどは超満員。ジョコンダではなく「混んだジョ」になっておりました。日本に来た時に国立博物館で見たほうがまだすいているくらいでした。
 ギメ東洋博物館のアネックスが見ものでした。ギュスターヴ・モロー美術館にも行きたかったのですが、今回は見送りました。
 消化器の調子と風邪とで体調は最悪でしたが、書物はたんと拝見できましたし、同行、ならびに現地の皆さんにはしっかり親切にしていただいたもので、とてもよい旅でありました。
 とまぁ、ご無沙汰のわけなど記しました。

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