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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/11/post-7110.html">
<title>塩原多助の最中。</title>
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<description>　円朝の講談『塩原多助』は人情話であり、立身出世話でもあり、五十年前にはほとんど...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/11/05/pb040018.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Pb040018&quot; title=&quot;Pb040018&quot; src=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/images/2009/11/05/pb040018.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;75&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　円朝の講談『塩原多助』は人情話であり、立身出世話でもあり、五十年前にはほとんどの人が少なくとも「あお」という馬との別れのシーンなどは知っていた。クレージーキャッツがパロデイ化してテレビで演じていた位、知れ渡っていた。次第に廃れて、今では知る人も稀になっている。&lt;br /&gt;
　あの話には後篇があり、それが怪談だということも、あまり知られていないが、ちょっと凄みのある江戸の水辺の怪談になっている。そんなことはともかく、塩原多助を織り込んだ地方銘菓があった。この形は塩原多助の商いである炭俵を模したもので、中にはぎっしり餡が詰まっていた。&lt;br /&gt;
　珍しさのまま、ここに載せることにした。&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/11/05/pb040021.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Pb040021&quot; title=&quot;Pb040021&quot; src=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/images/2009/11/05/pb040021.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;75&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
こんどは多助饅頭も食べてみようっと。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/11/post-925b.html">
<title>『阿呆物語』をよみました。</title>
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<description>『阿呆物語』グリンメルスハウゼン　望月市恵　岩波文庫　1953.10.5　198...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;『阿呆物語』グリンメルスハウゼン　望月市恵　岩波文庫　1953.10.5　1986.11.6、5刷(上中下とも)。&lt;br /&gt;
　大体日本の寛永期にあったヨーロッパの大戦、三十年戦争を舞台とした自伝的小説である。ピカレスク・ロマンや教養小説に近いとも言えるが、性格はそう明確ではない。三十年戦争の複雑な対立構造と、そのもとで生活する農民、そこから人員を吸い上げる傭兵の生活が描かれる。ピカレスクなどに分類されるのは、主人公であるジムプリチウス（Simplicius）が兵士としてなりあがっていく姿が、決して善良な生活ではないことからだろうし、教養小説としてみるのは、彼の成長過程が記されているからだろう。しかし、日本文学的に見ると、貴種流離譚の要素もあり、作品の主眼は作者の分身であるジムプリチウスが目にした世相にあって、主人公は狂言回しに近い。主人公の性格として設定されている文字通りのSimple、単純さも、世相を描写するには好都合な性格で、最終的には神の愛でし人となって、作品の首尾一貫した構成を成り立たせている。&lt;br /&gt;
　作者グリンメルスハウゼンはかなりの知識人で、多くのギリシャ・ローマの古典に通じている。記憶術のシモニデス(p182)が出てくるのは、特に異端的とは言えないにしても、魔法使いの憲兵が不死身の術を授けたり、怪し気な話が数多い。技術と魔法の中間のような物についての記述もある。上巻p194あたりに羅列される中には、アルキメデスやアルキータスというギリシャの哲学者に加えて、青銅のロボットを作ったアルベルトス・マグヌスが上げられているが、これなどは十一世紀の魔術師だ。同じあたりに「人類の全体にとって大きな利益であるすばらしい印刷術を発明した人物を、すべての芸術家以上に賛美しない人があるだろうかね。」と印刷術を取り上げるがグーテンベルグの名はでてこない。ここでは印刷術を魔法的な技術と同列取り上げている。&lt;br /&gt;
　ジムプリチウスは兵士を終えて巡礼となり、地獄めぐりをしたり、水の精霊の案内で地球の中心に行ったり、架空旅行もする。ロシアに渡って、当時まだロシアでは作れなかった火薬の製造法を伝えたり、韃靼から朝鮮王奴隷のように献上され、日本を通ってマカオからトルコ、ヴェニスに至りつくなど、世界一周も果たしている。ガリバー以前の架空旅行記である。&lt;br /&gt;
　科学と魔術、民衆と貴族、そして地理上の情報など、十七世紀ヨーロッパの関心事がよく分かる。世相への興味と反映という点では浮世草子的な精神に通じるところがあるかもしれない。世界にわたる近世的精神というものを考えることが出来るとすれば、大切な作品になりそうだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-11-03T21:25:37+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/11/post-a242.html">
<title>ヒンドゥの女神さま</title>
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<description>“HINDU GODDESSES” David R.Kinsley Univer...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;“HINDU GODDESSES” David R.Kinsley University of California Press. 1986 978-0-520-06339-6(ppbk)読みました。&lt;br /&gt;
 カリーへの興味から読み始めた。大学生向きのヒンドゥ教入門書だというが、英語も平明で、わかりやすい内容だった。ヴェーダの女神から始まって、ラクシミー、パールバティ、サラスバティ、シーター、ラーダー、ドゥルガー、カーリー、マハァデイビなどの主要な女神たちと村々に祭られている女神に至るまで網羅的に解説してある。最後の章ではインダス文明の女神とヒンドゥの女神の関連について、問題点が指摘してある。&lt;br /&gt;
　カーリーについては別に詳しく考察した書物があるので、そちらも読む予定だが、Thugで気になり始めた地上を人間で埋め尽くさないために、人を殺して間引きするという神話や、遺体を処理する場面を覗き見するなという女神による禁止、血を流さずに殺す、つまり絞殺の儀式などについては本書では触れられていない。そういう意味では外れた読書だったのだ。『タグの告白』の著者タイラーの創作だったとも思えないので、もう少し探してみよう。&lt;br /&gt;
この本には『ヴェーダ』や『ラーマヤーナ』の諸本から抜き出された女神の属性や活躍がまとまっていて、辞典代わりにも使えそうで便利だ。そこにはパールバティによるシヴァの誘惑のように、『鳴神』を思わせる神話もある。『ラーマーヤナ』のヒロイン、シータも女神の一人として取り上げられている。そしてここに紹介されているシータの逸話は、木花咲耶姫が貞節を疑われ室に入って火をかけた日本神話の、特に神武天皇の出生にかかわる説話と同型である(p74)。このシータがヒンドゥ女性の行動の雛形として、日常生活に深く根を下ろしていること(p78)が紹介されている。どうも日印比較神話学が必要に思えてならない。&lt;br /&gt;
　ラーダという女神も特徴的だ。彼女は姦通の女神である。クリシュナに恋をした有夫のラーダは障害を乗り越えて恋の成就に邁進するのだが、彼女にとって障害は恋を募らせるし、別離も恋ごころを増幅する。正式な結婚による愛よりは不倫の愛はずっと深い。この深さが信仰の深さを意味する。彼女のクルスナに対する恋はそのまま信仰に繋がり、信者にとって好ましい信仰の心理とされるのだ。女神は信者にとって、クリシュナへの信仰の取次ぎ者としての役割も担ってくれる。恋をメタファーとして他の精神の動き、ここでは信仰や忠誠、求道心のたとえに使うのは、『葉隠』なども同じだ。ラーダとクリシュナは更に一歩を進めて、アンドロギュヌスになってしまう。半身はラーダ、半身はクリシュナの合体した神となる(p92)。中村真一郎に『色好みの構造』という新書があり、過去のイスラム文化の中に自分の妻に恋することはふしだらで、不倫に純粋な愛を見ていた例が記されていた記憶がある。ラーダが登場していた記憶はない。&lt;br /&gt;
　ヒンドゥの神々は我々にとって耳慣れない存在だが、日本の神々や神話の影に思わぬ共通性があり、その共振が既存の日本神話の大系を揺るがすことがあるかもしれない。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/09/post-7ee0.html">
<title>キャプテン・フラカス</title>
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<description>（『キャプテン・フラカス』ゴーティエ　田辺貞之助　岩波文庫1952.9.25　1...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;（『キャプテン・フラカス』ゴーティエ　田辺貞之助　岩波文庫1952.9.25　1986.11.6　二刷、1952.10.25　1986.11.6二刷、1952.11.25　1986.11.6　二刷　上・中・下三冊。）&lt;br /&gt;
　上巻の前半はもたついて、中途で飽きがきた。旅芸人一座が出てくるあたりから面白くなってくるが、侯爵の館まではさほど引き込まれることもない。決闘の場面あたりになると、停車駅を乗り過ごす位にはなる。その後は息もつかずに読めてしまう。&lt;br /&gt;
　物語の縦糸はシゴニャック男爵と旅芸人の女優イザベラの恋物語だが、横恋慕する貴族との決闘や姦計、男爵を助ける一癖ある旅芸人たちに加えて、バスク出身の忍者のような盗賊少女、パリのごろつき剣士たちが、当時の風俗を背景に活き活きと描かれている。舞台背景となるシゴニャックの廃墟のような居城や旅の途中たちよる田舎町の風俗も、パリの暗殺者たちの溜まり場になる居酒屋の描写も細密だ。画家を志したというゴーティエの絵心が過剰なほどの描写となって残されているのだが、それが前半をもたつかせる。設定をきちんと重ねるからだろう。現代の読者には好まれない方法だが、この読む写真とでもいうべき描写は当時の城の有様を伝えてくれる。&lt;br /&gt;
　ガスコーニュのシゴニャックの城では、「一連のヘラクレス像」(上巻p30)のまがいレリーフがあり、これはこの城が登場する度に言及される。おそらくはヘラクレスの物語がここに描かれていたのだろう。同じように、ヴァロンブルーズ公爵の寝室には「メディアスとヤソンの物語を描いてあった。」(下巻p112)と“見る物語”が当たり前のように存在している。こうした装飾が物語を当時の人々の日常に滑り込ませていたのだろう。&lt;br /&gt;
　話の時代はルイ十三世の治世である。リシュリューは登場しないので、三銃士より少し前だ。作品が書かれたのはデュマの方が二十年ほど早い。もっとも、こちらの作品の広告が出たのは1835年で、1844年のデュマより早い。しかし、作品が連載の形で出はじめたのは1861年からだという。このギャップは不思議だし、『三銃士』とこの作品は無関係なのか気になるところだ。&lt;br /&gt;
　ところでこの作家と、歌姫のエルネスタとの間に生まれた娘、ジュディット・ゴーティエは『白い象の伝説』の作者だ。この童話はミュシャの挿絵で有名になっている。日本語訳もあるそうだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-09-19T20:24:39+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/09/4-12-201441-762.html">
<title>斎藤隆夫『回顧七十年』中公文庫　4-12-201441-7　62.7.10初版</title>
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<description>　政治家として憲法に順じて政治を行うのは当たり前であるが、それが難しかったことは...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　政治家として憲法に順じて政治を行うのは当たり前であるが、それが難しかったことは戦前でも戦後でも同じだ。今の憲法の成り立ちに問題があるからというのはその場しのぎであって、基本的には現実の政治と憲法の刷り合わせの難しさに問題があるのだろう。斎藤隆夫は常に憲法の側に立って政治を行った政治家だ。戦後二度国務大臣を経験しているが、基本的には議員であり、その立場を貫いた。&lt;br /&gt;
　二・二・六の後の粛軍演説は日本の憲政史上に残る演説だし、それを実らせることが出来ず、その後も議会無視の軍部を批判する斎藤を議員除名したことなどは、日本の国会が恥じるべき出来事の一つだろう。この硬骨は明治の人の持つ力だろう。生まれは決して特別な家ではなかったが、少年時から百姓に甘んじない志を持っていた。農家の次男であるという、行き場の無い立場もあったかもしれないが、こうした人材を受けいれ育てる余地がこの時代にはあった。&lt;br /&gt;
　無一物で田舎から出てきた斎藤に、六七人の同郷の先輩が一円づつだしてくれて、それでぎりぎりの学生生活をした。「学校に行ってからは一生懸命勉強した。学資を出してくれる先輩に酬ゆるために、また学問によりて身を立てるより他に途がないから、人一倍に勉強せねばならぬことを痛感した。」(p22)。近代日本を支えた社会基盤がみえている。&lt;br /&gt;
　斎藤が議員として過ごしたかなりの期間、日本は政友会と民政党の二大政党だった。しかし、落ち着かない二大政党で、その不安定さが、両者の対立を泥沼化させ、結局は軍部の抬頭を抑えることが出来なくなった。斎藤隆夫の回顧録は戦時中の議会を通じて、政争の持つ無意味さを伝えてくれる。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/09/2009730978-4-25.html">
<title>読みました。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子　朝日出版社　2009.7.30　978-4-255-00485-3</title>
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<description>　　高校生向きの授業の実践記録で、語り口は平明だし、簡単な図がついていて、これが...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　　高校生向きの授業の実践記録で、語り口は平明だし、簡単な図がついていて、これが理解を助けてくれる。生徒とのやり取りも書かれているのだが、近現代史から遠ざかっている大人より受験生の方がまともな疑問や答えを返している。すらすら読めるのだが、はっとするところもある。例えば戦争をするのは相手をどうしたいからだ。という質問に、ルソーの「戦争および戦争状態」を出してくる(p42)。要約すると相手国の最も大切だと思っている社会の基本秩序の変容を迫るものだという。近代戦の論理だ。先の大戦で日本は国体を変えた。これがルソーの戦争説に対応する出来事だ。キレイな整理が出来ているし、常識的な結論なのだが、僕には昭和天皇が現憲法を、国体を護持した範囲での帝国憲法の変更ととらえていたような気がしてならない。ルソーの戦争説による限り、これだと、きちんと敗戦してないことになる。&lt;br /&gt;
　数字を挙げての説明も説得力を持っている。たとえば、ドイツと日本を比較して、どちらが捕虜に対して人間的な扱いをしていたかを見るときに、ドイツにおける捕虜の死亡率が1.2%なのに、日本で捕虜になったアメリカ人の37.3％が死んでいるという数字(p398)は、動かしがたい意味をもっているだろう。&lt;br /&gt;
　著者は靖国問題を取り上げていないが、折口信夫を援用して、戦死者が祟るという畏れと、鎮魂の関係を語るのは、単に歴史認識の問題で片付かない文化の問題として靖国問題を位置づける可能性を思わせてくれる。戦前日本の植民地観の特異性、これにはマーク・ピーティの説を用いているが、移民先や資源確保を最終目的とせず、安全保障上の理由から植民地確保に奔るという、他に例のない植民地観の指摘(p195)は、幕末以来のトラウマによるものとも見えるのだ。&lt;br /&gt;
　アーネスト・メイの『歴史の教訓』(岩波現代文庫　進藤栄一　4-00-600120-7)は本書の成立に大きな拠り所となっているようで、こちらも読みたくなってしまった。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-09-14T21:56:21+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/08/post-1fdb.html">
<title>走れ太もも。</title>
<link>http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/08/post-1fdb.html</link>
<description>　『アレクサンドロス大王東征記付インド誌』（アッリアノス　大牟田章訳　岩波文庫4...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;『アレクサンドロス大王東征記付インド誌』（アッリアノス　大牟田章訳　岩波文庫44-00-334831･334832　2001.6.15　2008.6.25　9刷(上)　2005.3.7　6刷(下)を読みました。）&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;
　上巻は入院するはるか前から読み始めていたので、病院にも持ちこんだのだが、読めなかった。地図と注、時に年表を参照するのは文庫本でも両手が必要になる。しかも仰臥姿勢しかできないのだから、読書よりリハビリに近い苦行となった。退院まで上巻さえ読み終えなかった。&lt;br /&gt;
　ところがひとたび病院を離れると、気分が変わったのか、今度は大変すらすらと楽しく読むことが出来た。読みながら頭も働く。たとえば、アレクサンドリア建設に関するエピソードで、アレクサンドロスは自分が行った線引の通りに建設させたいと思ったが、地面に記しをつける手立てがなく、兵士の引き割大麦を地面の撒いて線の代わりにしたというのがある(上vol3　2　p188)。これは『近世説美少年録』という馬琴の小説に、霊蛇が行った城の線引きを残すために蛇の後ろから灰を撒いて線の代わりにしたという話と同根の可能性があるのではなかろうかなどと、自分の仕事にひきつけた読み方が出来るようになった。&lt;br /&gt;
　こうした勝手な類似を探してみると、ペルシャ王、ダレイオスとのガウガメラでの決戦(上上vol3)のとき、夜戦を拒んだ逸話は『保元物語』の源為朝の逆になる。崇徳院側についた為朝は後白河側への夜討を提案するが、悪左府頼長に「さすがに主上上皇のくにあらそひに、夜うちなんどしかるべからず。」と斥けられてしまう。ガウガメラの合戦では、夜討を薦めるのは側近のバルメニオンで、アレクサンドロスは小細工を弄せず白昼堂堂と勝たなければならないと、その進言を却下する。保元の乱では夜討をしなかったために崇徳院側が破れ、アレキサンドロスは昼間の戦いでダレイオスを破るのである。&lt;br /&gt;
　こんな類似とは別に、アレクサンドロスがギリシャ神話の英雄、ペルセウスやヘラクレスと張り合う気持ちがあったという指摘(上vol3p191)は、はルネ・ジラールの欲望について指摘に通じる。また、ギリシャ人たちが、オリエントからインドに侵攻するときに、ディオニソス神がインドまで遠征したという神話がアレクサンドロスとその一行の指標になっていたという。第五巻冒頭のニュサの話(p3)は、記載しているアッリアノスはその史実に懐疑的であるが、町の人々は自分たちがディオニソスの後裔であると称し、アレクサンダーに特別の配慮を願うのだが、彼は喜んで受け入れる。なぜなら、この先に進むことをためらうマケドニア人たちに、自分たちが神話のディオニソスを凌ぐ功績を立てるのだと自覚し、前進を拒まなくなると考え方からだという。アッリアノスは、ここでアレクサンダーがニュサの人々の言い分を認めたことを、多少政治的に見ている(下vol5p22)。それはアッリアノスの合理性が、アレクサンドロスやマケドニア人の迷信深さを長大な遠征の動機とは考えにくくしているからだろう。&lt;br /&gt;
　その地方にはメロスという山があり、これはディオニソスがゼウスの太股＝メロスから生まれたことにより名づけられたなど、伝承は当時のマケドニア人たちが、ディオニソスの神話を信じ切っていたことを表している。そのほかにも、途中で見つけた洞窟を根拠なくプロメテゥスが繋がれた洞窟だと決めつけたり(下vol5p24)している姿は神話・伝説の拡播や習合にも関わりそうだ。&lt;br /&gt;
　そういえば、二年くらい前、大学駅伝でふとももをやたら強調されていた選手がいましたね。駒沢の選手だったかな。アナウンサーが「走れふともも！」って叫んでいたのを覚えてます。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>HIRO</dc:creator>
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<title>アヒル村長の危機？</title>
<link>http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/08/post-d80c.html</link>
<description>　”Exposed” Mark Schapiro Chellsea Greein...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/08/31/duck2.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=181,height=269,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Duck2&quot; title=&quot;Duck2&quot; src=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/images/2009/08/31/duck2.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;148&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;　”Exposed” Mark Schapiro Chellsea Greein Publlishing. 2007 978-1-933392-15-8を読んで。&lt;/strong&gt;　&lt;br /&gt;
　表紙にも背表紙にも目がバッテンになっちゃったアヒルのおもちゃが描いてある。乳幼児玩具の有毒素材をアピールしているのだ。&lt;br /&gt;
　アヒルのオモチャには、プラスチックをやわらかくする可塑剤が使われており、それに毒性があったのだ。ヨーロッパはこれを禁止した。ヨーロッパは共同体を作り貨幣をユーロに統一しただけでなく、加盟国の安全基準を統一した。これが効力を発揮したのは、政治的な統一が4億5000万人のマーケットを作ったからで、各国がバラバラの時には考えられないほど強力な集団になったのだ。アメリカはその対応に出遅れた。ヨーロッパがそうした有毒物質を禁止したとき、アメリカはしなかった。アメリカはそれまでの基準に則っていれば十分だとしていた。その基準はアメリカが中心になったものであり、アメリカの化学産業はこれによって生産し、ヨーロッパにも輸出していた。ヨーロッパの新しい基準はそれらの産業にとって障害になる。非関税障壁の一種としてアメリカはヨーロッパに圧力をかけて取り下げさせようとしたが、失敗した。その結果、アメリカ以外の生産国も、ヨーロッパで売れなくなった製品をアメリカに持ち込むことになった。こうした出来事は、アメリカの凋落と深く関わりそうだ。この本はそれを感じさせる。&lt;br /&gt;
　有害物質は、その使用や流通を禁止しなければいけない。何を毒とするか、それをどう防ぐかは、個人の力では出来ないからだ。国に代表される権力が必要になる。アメリカは国家権力の発動である軍事力と軍隊について抜群の力を持ち世界の警察官を自認している。だが、有害物質から人類を守る役割は仮想敵に武力で備えるのとは異なった。&lt;br /&gt;
　「友人間のデータ・ギャップが敵同士のミサイル・ギャップと置き換わった」(p159)と見たり、冷戦時代の引き金にかかっていた指にあった力が、法規を作成する指に真の力が移っている(p182)という見方はアメリカの力の在り方が時代遅れになりつつあることを示唆している。アメリカの科学力は有害物質に対して、十分な見識を示していた。ヨーロッパの新基準はアメリカの研究者の成果によるものだった。それが利用者保護に回らなかったのは知識を活かすシステムが機能しなかったためである。&lt;br /&gt;
　2006年に北京で行われた米中環境問題会議の記者会見で、中国のエネルギー節減を訴えるアメリカ代表に一人の中国人女性記者の「アメリカ政府は、国民にエネルギー節約のために小さな車を奨励することを考えたことはありますか？」という質問は、アメリカ代表団を沈黙させてしまった(p173)。エネルギー問題と毒性問題の違いはあるが、分かりきった事実を実行することが出来ない体質にアメリカが陥っていることは確かなようだ。&lt;br /&gt;
ヨーロッパがアメリカよりも進んだのは、規制のあり方にある。P&amp;Gに席を置いていた毒物学者が、シャピロにたとえばなしを聞かせた。「虎は野にあるときは危険だが、檻の中に居るときは安全だ。毒物も同じできちんと管理できていれば安全だ」(p30)。虎＝毒物は法律で規制しないで、企業が檻＝適切な使用法、によって人々に提供すれば良いのだ。これがアメリカ企業の思考である。ヨーロッパは虎そのものを危険物として排除するのである。&lt;br /&gt;
この危険物排除の思想は、製品に含まれる内容物にも及んでいる。RoHSは電気製品に含まれる有害物質を制限する法だが、これもヨーロッパで成立した。プレイステーションの悪夢(P115)はこの法に先立つ事件だが、考え方は一つである。この事件は2001年11月にプレステのケーブルにカドミュウムが入っていたことが原因で、130万台、オランダで差し止められた。クリスマス商戦直前、手痛い打撃だったろう。廃棄される製品に有害物質が含まれていた場合を考えた処置である。製品の内容物に危険物があるかどうかの判定には内容物の開示が必要になる。物によっては製法の開示にもつながるため、この考え方への反撥は強かった。しかし、45000万のマーケットは強い。今ではRoHSが世界的な基準となったと言える。もっとも、このときのプレステは日本では何の疑いもなく使われ、棄てられていたわけだが。&lt;br /&gt;
　RoHSの考え方はもう一歩すすめれば、中国のソースコード開示要求にも繋がるだろう。消費者にとって有害な物があるとすれば、ソフトであっても事前開示が必要になる。何を有害と考えるかは、国家であって個人ではなくなる。個人にとって無害でも、国家にとって有害、あるいは有害になる可能性があれば、チェックされ改造されるかも知れない。インター・ネット時代の多様な情報発信を不快なものと見なす国家がソフト管理を行おうとするのは当然の帰結だろう。自由な情報発信ができるソフトは危険物にされるのである。&lt;br /&gt;
　中国の開示要求の真意は憶測に過ぎないが、こうした推測のネタも本書は豊富に提供してくれる。例えば、遺伝子組み換え作物についての記事がある。ヨーロッパを始め日本などでも遺伝子組み換え作物は禁輸された。そのためアメリカの遺伝子組み換え作物は値崩れを起こした。アメリカでも非遺伝子組み換え農家が存在していたのだが、周囲の組み換え作物からの花粉の影響が出てしまい、共倒れになっていることが本書の第五章で紹介されている。もちろんアメリカはさまざまな圧力をヨーロッパにかけるのだが、滞貨はどうしようもない量になっていたに違いない。シャピロの記事の後、この滞貨は一掃された。バイオ・エタノールのおかげである。原油の高騰と穀物相場の連動で組み替え作物までキレイに売れた。バイオ・エタノールというエネルギー上では半端な自動車動力を大掛かりに宣伝したアメリカの計算がここにあったとしても不思議はない。こんな推測をしてみたくなる。もしそうだとすると、それが結局はアメリカ自動車産業の体質を歪めGMに降りかかる。&lt;br /&gt;
　アメリカが毒物の排除に不熱心なのも、国内事情があるかも知れない。ヨーロッパが「虎」を締め出すきっかけになった考え方に「虎」＝毒物の流布による医療保険の増大という問題があった。ヨーロッパの化学工業がRoHSを受け入れることで生じる負担は11年にわたり80億ドルだが、健康被害、労災上の癌死予防、毎年4500人への補償を含めて30年に6000億ドルが見込まれると言うのだ(p146)。だからヨーロッパは毒があるという可能性だけで、その物質を禁止するという挙に出たわけだ。だが、アメリカの医療保険は随意だ。6000億ドル、60兆円の心配はしないで良い。そうなると、国内企業の損害の方が大きく響いてくるというわけだ。ヨーロッパ型の大きな政府とアメリカ型の小さな政府の違いが出ているのだ。一見小さい政府の元での企業活動が競争上の利点を発揮して技術革新も進むように見えながら、ある意味で逆転してしまう現象とも見ることができる。&lt;br /&gt;
　日本のことが気になるが、本書は日本に触れることは少ない。日本語訳が出ると良いのだが、どちらかと言うと、グリンピースの立場に近い記述も見える。日本ではグリンピースは鯨やまぐろで評判が悪く、世界的にはかなり良い活動をして居るにもかかわらず、偏った思想団体とみなされてしまう。でもそのために翻訳が出ないとしたら、これは大きな損失だと思う。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-08-27T21:38:17+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/08/post-b23a.html">
<title>痛い小説</title>
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<description>　今回の入院で四肢の内、無事だったのは左腕だけで、のこり三本はどこかしら折れてい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　今回の入院で四肢の内、無事だったのは左腕だけで、のこり三本はどこかしら折れていた。中でも一番ひどいのは左の脛で、複雑骨折、解放骨折で出血もしていた。これはいまもまだ治療中だ。&lt;br /&gt;
　娘が入院中の動けない私のために面白い本を次々に紹介してくれた。『天使と悪魔』も彼女の薦めだった。彼女が少し躊躇しながら進めてくれたのが隆慶一郎の『花と火の帝』(講談社文庫4-06-185495-x　185496-8　1993.9.15)だった。「ちょっと痛そうな話だけど」という意味が良く分からなかった。&lt;br /&gt;
この作品は隆慶一郎の絶筆の一つで、日本経済新聞に連載されていたものだ。話は御所の忍びが後水尾天皇を守り幕府、特に秀忠と配下の柳生忍者と戦うストーリーで、隆作品の定番となっている秀忠配下の裏柳生との対決もある。ただ、御所忍びは殺戮を好まない。そこで押し寄せてくる柳生の刺客たちの脚を折るのだ。それも左脚。柳生の頭目、宗矩が先ず折られる。「江戸城の廊下で、将軍秀忠との打合せを終って、長廊を退出して来た柳生宗矩が、突然横転した。左膝に強烈な打撃を受けたのである。　ばきっ。骨の折れる不気味な音が響いた。」p396（うう．．．僕のときは音しなかった）それから始まって、箱根で二十人余、船で移動中に呪術で嵐に巻き込まれ、十数人が左脚を折られる。僕は敵役と痛みを分け合いながら読んだ。&lt;br /&gt;
　隆の作品は網野善彦の中世史観を活かしている。代表作『影武者徳川家康』にしても、『吉原御免状』にしても、江戸時代初期に非定着民がいかに時の権力に対抗するかが興味の中心で、悪は権力の側にある。これだけだと『忍びの者』的、白土三平的な階級闘争小説になってしまうが、隆はそこに天皇を持ってくる。非定着民を統治するのは天皇である。天皇の直接統治がある故に非定着民は世俗の領主権力から自由である。中世的な統治関係と言える。これを近世初頭に当てはめて、吉原を封建権力から自由の地とした。また、領主権力から自由な“道の者”の血を引く偽家康を作りあげてみせた。&lt;br /&gt;
　幕府の権力を統禦する天皇が非定着民も統括するという構造は、幕府と非定着民という、実質権力として大きな差がある二つの集団を疑似的な対等関係にする。幕府が定着民の持つ統制的、功利主義的な、いわば主導的なコミュニティを形成するのに対して、非定着民の側は、仲間意識で結ばれた情緒的集団であり、功利や権力から自由なコムニタス的集団となるのである。 “裏長屋コムニタス”は落語や山本周五郎の小説の魅力として山口昌男が説いたところだが、隆の小説では、非定着民のコムニタスは武装している。その武装もコミュニティ側とは異なった武装形態である。それが最終的に天皇の下に位置づけられ、虚構の中では構造的な安定をもたらしている。&lt;br /&gt;
ただ、この構造に問題がないわけではない。非定着民を軍隊と置き換えると、この構造は戦前の帝国日本の統治機構になる。統帥権によって統べられていた存在に似てしまうのである。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-08-07T21:47:15+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-edf6.html">
<title>出遅れた虹</title>
<link>http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-edf6.html</link>
<description>　夕方にシャワーを浴びています。少し贅沢そうに聞こえますが、傷口の消毒を兼ねてい...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　夕方にシャワーを浴びています。少し贅沢そうに聞こえますが、傷口の消毒を兼ねているのです。十七本のピンの周りを流水で流し、消毒液をつけた麺棒でピンもろともに拭きます。整形外科のお医者さんはこの消毒を「ピン磨き」というのだそうです。そんなことをしていたら検察局から電話がかかってきました。事故の処理についてでした。その時に窓を見たら、いかにも虹が出ていそうな空模様。確かにさっきの雨は虹が出ているはずです。そそくさと電話を切り、カメラを持って三階に、駆け上がりたかったのですが、脚が利きませんので、もたもた上がり、もたもたカメラを用意しているうちに消えかかってしまいました。その結果がこれです。&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/07/27/p1012806.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;P1012806&quot; title=&quot;P1012806&quot; src=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/images/2009/07/27/p1012806.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;75&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-07-27T19:16:14+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-a3bf.html">
<title>『ルネッサンスの魔術思想』を読みました。</title>
<link>http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-a3bf.html</link>
<description>『ルネッサンスの魔術思想　－フィチーノからカンパネッラへ－』(D.P.ウォーカー...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;『ルネッサンスの魔術思想　－フィチーノからカンパネッラへ－』(D.P.ウォーカー　田口清一訳　ちくま学芸文庫　4-480-08861-X2004.6.9)も入院中に読んだ一冊だ。「いずれにせよ、キリスト教から魔術をことごとく排除するという企ては不可能なことだった。なぜならキリスト教には、そもそもの始まりからずっと魔術が存在していたのだから。」(ｐ185)&lt;br /&gt;
この見方は裏表紙の宣伝文句「魔術はいわばグランド・セオリー、先端科学として一級の知識人に迎えられた」につながり、科学も魔術もカトリックの延長に位置づけられることになる。ダン・ブラウン『天使と悪魔』(角川書店　4-04-791456-8,791457-6)の背景がここに出てくるわけだ。こちらも入院中に読んだ一冊だ。『ダヴィンチ・コード』ほど一般的な内容ではないけれど、コンクラーベもセルンの加速器も、ここ数年で日本人にも馴染みが出来たから、そこそこ読者も増えていたようだ。ちょうど、これを読んでいる時期に映画の宣伝も始まっていた。&lt;br /&gt;
ウォーカーはフィッチーノの音楽理論と世界を満たす精霊との関係に着目する。音楽が超自然的力を持つのである。この音楽の思想は中世ヨーロッパを通じて流れるが、中国・日本の音楽思想にも類似した傾向がある。日本近世に礼楽刑政として再定義される音楽が西洋の中世的音楽観に接する機会はなかったのだろうか。あまり考えられていない問題だと思う。&lt;br /&gt;
魔術的音楽の始祖がオルフェウスであることは、オルフェウスの神話が吉田敦彦の指摘(『ギリシャと日本神話神話』みすず書房1974)にあるように、幅広い類話を持つことに関連して興味深いとともに、魔術的、異端的な意味をもたされてヨーロッパ文明を流れていたことも面白い。オルフェに拘ったジャン・コクトーには中世的オルフェの意味は生きていたのだろうか。&lt;br /&gt;
オルフェについては、すでに書いた『あいのおわり』とも関係してくる。数秘論的な音楽論の七の意味はオルフェに起因すると言う。これがニュートンを経て幕末以来、日本人の虹の色数になったのである。&lt;br /&gt;
我々は江戸時代に接した西洋文明を、直ちに近代の合理主義的な科学文明と考える癖をもっている。西洋文明が、科学と魔術を同時に延長とできることへの認識は極めて薄い。まして19世紀以前の西洋文明がどれほど科学的合理性を持っていたかについては、十分な検討がなされているとは言いがたい。アンダーソンの”Under three flags”では、フイリピンの民俗学者Isabelo de los Reyesがスペイン文化に多くの迷信を見ていたことを取り上げていた。これは被植民地が宗主国の文化を相対化する大きなきっかけとなっただろう。日本が受容した西洋の文物の中にも同様のものがあっただろう。これも今欠けている研究だと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-07-21T21:06:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-fc0f.html">
<title>今日の虹。</title>
<link>http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-fc0f.html</link>
<description>　久し振りの虹でした。この間、五月だったかな、虹が出た時は、まだ病院に居て、写真...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/07/19/p1012796.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;P1012796&quot; title=&quot;P1012796&quot; src=&quot;http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/images/2009/07/19/p1012796.jpg&quot; width=&quot;100&quot; height=&quot;75&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
　久し振りの虹でした。この間、五月だったかな、虹が出た時は、まだ病院に居て、写真をとれませんでした。今日は自宅に居ましたので撮ることは撮れましたが、いつものカメラが車にはねられたときに壊れてしまい、文献写真用のカメラで撮りました。脚がまだ利かないこともあり、良いアングルが狙えませんでした。&lt;br /&gt;
　ところで、今日の渋谷区は雨も降らず、虹が出るとは予想してませんでした。五時頃に空の色が変わって、どうしたのかと思ったら、虹が見えた次第です。脚の消毒を昌としていたところで、イリザロフ創外固定に包帯もしないで、まず写真を撮りました。&lt;br /&gt;
　脚の写真も載せようかなと一瞬思いましたが、やはりあまりにグロテスクですから、やめました。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>HIRO</dc:creator>
<dc:date>2009-07-19T21:55:23+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-9143.html">
<title>女王のメディア</title>
<link>http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/07/post-9143.html</link>
<description>　だいぶ昔の論文ですが、ちょっと必要があってここに乗っけます。 　御笑覧ください...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　だいぶ昔の論文ですが、ちょっと必要があってここに乗っけます。&lt;br /&gt;
　御笑覧ください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;『日本文学』（日本文学協会）1994 vol.43 p34-42 &lt;br /&gt;
  女王のメディア&lt;br /&gt;
　メディアは曖昧な概念である。私は場合によってはかなり他の論者と異なった意味にこの言葉を用いるかもしれない。1993年10月に有精堂から出版された『物語とメディア』を手にしてそう考えた。この論文の締切を過ぎてから、たまたま入手して読んだのだが、そのために、この小論への加筆の必要を感じてしまった。その結果、内容は大幅に変わった。言ってみれば以下は日本の近世文学研究にメディアという視点を持ち込む前提を我流にまとめたものにすぎなくなったのである。&lt;br /&gt;
　まず、私が考える「メディア」は近代の大量情報伝達機構である事を明確にしておく。これは狭義な「メディア」である。&lt;br /&gt;
　現在、比較的よく読まれているメディアについての議論は、マクルーハンの『グーテンベルグの銀河系』（1962 邦訳1986みすず書房）『メディア論』（1964年　邦訳1987みすず書房）とオングの『声の文化と文字の文化』（1982　邦訳1991藤原書店）であろうか。イリイチの著作をそれに加える事も出来るだろう。その他に、アイゼンステインの『印刷革命』（1983 邦訳1987みすず書房）などのように、局面を限定してこの問題を取り上げているものもあるが、マクルーハンとオングは文化全般に及ぶ時代の意識の変革とメディアの問題を関係づけながら提起していた。この二著には現在、つまり二十世紀後半への意識が強く働いている事を指摘できる。マクルーハンの『グーテンベルグの銀河系』では、&lt;br /&gt;
「われわれは今日、丁度エリザベス朝のひとびとがすでに活版印刷と機械の時代の深みにはまりこんでいたように、電気の時代の内部深く入りこんでいる。エリザベス朝のひとびとは、共存する二つの対照的な社会体制や経験形式のなかに生活することから来るさまざまな混乱や、決断のむつかしさを味わっていた。そしてわれわれも全く同種の経験をしているというわけである。エリザベス朝のひとびとは、中世的な共同体経験と近代的な個人主義との間で、からくも平衡をとりながら生活していた。他方、われわれ現代人は、個人主義が時代遅れのものとなり、共同体的相互依存こそ不可欠なものに思われる電気テクノロジーに遭遇しているのであり、われわれが対面している状況の型はエリザベス朝人のそれとはまさに逆の関係にある。」（『グーテンベルグの銀河系』序章p2）&lt;br /&gt;
　とエリザベス朝の人々の現代人との類比の上にその論を展開しているのである。&lt;br /&gt;
　さらに、「東方教会とローマ教会との間にみられる争いの悲劇は、話しことば文化と視覚型文化との対立が鋭角的なかたちで表面化したにすぎないものであって、普通考えられるように信仰とは関係のない問題なのだ。」と述べ、「しかしながら、わたしがこの際問いたいのは、われわれはこうした「児戯」をそろそろやめるべき時期が来ているのではないか、ということである。人間社会の住民をひっきりなしに洗脳したがるこうした児戯は、理にかなったやりかたできちんと抑制してそれなりに予測可能な活動の枠内に閉じこめてしまうべき時機がきているのではないか、ということである。原因のわからない戦争ほど不可避的に起こってしまうといわれてきた。眼と耳とをそれぞれに代表する文化間の戦いほど大きな文化間の相克はないので、今日電子的人間がつくりだす聴覚文化のなかに移行しつつあるわれわれが、かつて西欧的な視覚文化のなかに飛びこんだときと勝るとも劣らない苦悩を経験しているのも、またそのためにさまざまな原因あさりをはじめているのもやむをえないことであろう。」（p107）とそれを受けている。&lt;br /&gt;
　クロアチア・ボスニア・セルビアという旧ユーゴーの各地は1930代に「声の文化」の宝庫として存在していた。西欧の文化とムスリムとの接点であるが故にそうであったのかも知れない。ここが、マクルーハン、オング、イリイチに影響を与えたミルマン・パリー（Milman Parry）の研究とそのコレクションの基盤になった。それを考えるとマクルーハンのこの言葉は今なお、重みをもっている。&lt;br /&gt;
　オングもまた、&lt;br /&gt;
「印刷から電子的なコミュニケーションに移ってはじめて、われわれは、つぎのような違いに多方面から注意を向けるようになりました。つまり、話されることばに適用された最初の技術によって表現と思考にもらたされた違い、いいかえれば＜書くこと＞の発展がかつての、もっぱらことばが声として機能していた文化のなかにもたらした違いのことです。」（「日本語版への序文」p1）&lt;br /&gt;
とその関心の出発点について証言を残している。&lt;br /&gt;
　この二人の場合、現在の伝達機構についての考察からメディア論が始まったのである。&lt;br /&gt;
　彼等の過去についての論究は、現在のメディアの状況を踏まえて、過去に遡らせ、考察する。過去の「メディア」とその働きを現在のメディアからの仮説的推論に基づく判断によって認定しているのである。この方法が無効だというのでは決してないが、メディアという視座が歴史的に確固とした視座ではない事を確認しておく必要はある。&lt;br /&gt;
　さらにもう一つ問題がある。それは、今、過去のメディアについての論者の代表として上げたオングが、メディアという名称を使う事をためらった事である。&lt;br /&gt;
「コミュニケーションの「メディア」あるいは「メディウム」を考えるということは、コミュニケーションとは、「情報」と呼ばれる材料の何単位かを、ある場所から他の場所へとパイプラインのようなもので輸送する事である、という考えを暗に含んでいる。わたしの精神は一つの箱である。「情報の一単位をわたしはそこからとりだし、それをコード化しencode（つまり、それを運ぶパイプの大きさとかたちにそれが合うように加工し）、そのパイプの一端から投げいれる（そのパイプが、つまり、二つの違ったもののあいだにあるものとしてのメディウムである。）パイプの一端から投げ込まれた「情報」は、他の一端に運ばれ、そこでだれかが、その「情報」のコードを解読しdecode（つまりことの大きさとかたちにもどし）、箱に似た自分の容器、精神と呼ばれるその容器に納めるのである。このモデルは、人間的なコミュニケーションとあるかかわりをもつように見えるが、しかしよく見ると、じつはほとんどかかわりがないと言ってもよく、コミュニケーションという行為を、原形をとどめぬほどに歪めている。」（p357）&lt;br /&gt;
　このオングが排除しようとしたコミュニケーション理論はロマン・ヤコブソン等のものである。彼の『一般言語学』（1973 みすず書房）の「人類学者・言語学者会議の成果」（1953）にはこの考え方が色濃く出ている。「通信の数学的理論と情報理論との、すばらしい成果に大きくたすけられてきた。」（p6-7）とするヤコブソンは「皆無意識のうちに、符号化encodingとか、復号化decodingとか、あるいは冗長度（余剰度）redundancy･････のような、彼ら（通信工学）の術語を使っていた。この通信工学と言語学との関係は、正確にはどうなのであろうか、この二つの学問の間に、何か合わないところでもあるだろうか、いや、全然ない。」（p6）と明瞭に言い切っている。この考え方は、情報処理学のそれである。&lt;br /&gt;
　メディアは、オングが「人間的コミュニケーションを歪めるもの」と否定したメカニズムの一要素なのである。逆に言えば、メディアと言った場合には、ヤコブソン流の解釈が行われるのが避けられない事を意味している。メディアはコミュニケーションを機械的、工学的に捉えたときに分節化される要素であるという事になる。メディアを分節化するパラダイムに疑義を持たねばオングのような発言は出てこない。&lt;br /&gt;
　オングは、「つまり、人間的なコミュニケーションは、そもそもそれが成立するためには、［相手の立場を］（邦訳における注記＝筆者注）先どりするようなフィードバックを必要としているという点である。メディウム・モデルでは、メッセージは、送り手の側から受け手の側へと移動する。［それに対し］現実の人間的なコミュニケーションにおいては、送り手は、そもそもなにかを送りうるまえに、送り手の立場ばかりでなく、受け手の立場にも立っていなければならないのである。」「話すには、話そうとしている相手の精神と、話しはじめるまえに、すでにある意味でのコミュニケーションができていなければならない。」「つまり、わたしの発言がかかわりうる他人の精神を、わたしはなんらかのかたちで感じとっていなければならない。人間的なコミュニケーションは、けっして一方的なものではない。それは応答を要求するだけでなく、あらかじめ予想された応答によって、まさにその形式と内容においてかたちづくられているのである。」（p358）と述べている。荘子と恵子の濠上の問答に似た応答がヤコブソンとの間に想像できて楽しいが、より厳密に言えば、オングはメディウムという現象が存在しないと言っているわけではない。メディウムという機械的なシステムを包み込む人間的な枠があり、それによってコミュニケーションは成り立つのであり、メディウムのモデルでは説明できないとしているのである。情報の発信者には受信者についての”期待”があり、受信者には発信者に対する”期待”があるといいかえる事ができよう。コミュニケーションの成立には、この双方の期待が必要になる。&lt;br /&gt;
　オングのこの考え方は、口頭の会話やせいぜい「口誦」の場面を念頭に置いているように見えるが、それだけではない。Ｙ．Ｕ．ロトマンがテキストについて「たとえば、探偵小説へのテキストは表紙カバーのスタイルによって確認することができるし、詩へのテキストの所属は－－すでに朗読以前に－－朗読者のヘアー・スタイルとか身振り、あるいは「朗読は作家同盟会員である詩人Ｎ」といった説明で確認されうる」（『文学と文化記号論』p92  岩波　邦訳1979　当該部分の成立1966）と注記したように、また、彼の論考に見えるテキストに関する期待の指摘からも伺えるように、テキストとしてリアル・タイムな場から切り離された存在にも、”期待”が介在している。これを人間的と評価するかどうかは別であるが、ヤコブソン流のメディウムが成立するに先つものとして、オングの考えに通じる所はある。&lt;br /&gt;
　こうした展開にこの問題を委ねる事は、今の所は避けておきたい。ただ、この逆の立場も考えて置こう。それは、イシェル・デ・ソラプールの『自由のためのテクノロジー』（&quot;Technologies of Freedom&quot; 1983 Harvard　邦訳　『自由のためのテクノロジー』東京大学出版会　1988）に代表される、現代のコミュニケーション理論を扱う人々である。彼等は、伝達媒体が非人間的である事を前提にして、人間の「自由」のためにこれらが正しく運用される事の必要を説いているのである。&lt;br /&gt;
　マクルーハンとオングの違いを考える時、メディアの社会的影響を考えるマクルーハンと人の精神に関わる伝達機構を考えるオングとの異なる立脚点についてまず考えておかねばいけないだろう。そして更に、その先にはオングが工学的と批判した立場の情報学者達が存在しており、場合によっては、マクルーハンがエリアーデを批判したように、オングの立場を批判する可能性が充分にある事を認識しておきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;天子のメディア&lt;br /&gt;
　前近代的なコミュニケーションモデルは、日本の学問状況において、民俗学の領域で扱われていた。パーリーの仕事はホメロス研究を目標として持っていたが、その点、民俗学の一部、特に折口の方法に近い。書承された文学研究を補強するフィールド・ワーク的な一面をもっていたからである。折口の提唱する「芸能史」は、オングがまとめる「声の文化（Orality）」という概念にも近い。しかし、そこには、「静岡県水窪町の「西浦の田楽」で鬼が二匹棒を打ち合せる行動があるが、これを「八島壇ノ浦」と名付け、義経と能登守、景清と三保谷として観賞するのは、専ら観客の心理の働きによっているということになるのである。」（『境界文芸伝承研究』p5 井口樹生　1991　三弥井書店）というように、オングの”期待”以上の文化的「約束」が存在していた。オングが言う、「人間的なコミュニケーションは、そもそもそれが成立するためには、［相手の立場を］先どりするようなフィードバックを必要としているという点である。」という状態がさらに深化し、閉ざされた狭い集団になると、オラールなものさえ必要としなくなるという事だ。ここでは「声」以前の「芸能」という範疇が必要になっているのである。&lt;br /&gt;
　折口の影響を受けた研究者達の関心事には、作品生成の場の問題がある。著者・作者の認定は、印刷文化の下にある研究意識としては、当然生じる問題である。オングは、この問題についてあまり多くは論じない。「印刷は、ことばの私有という新しい感覚をつくりだした。一次的な声の文化のなかに生きる人びとでも、詩に対する所有権の感覚のようなものをもつことがある。しかし、そうした感覚はまれであるし［もたれたとして］ふつうは、だれもがひきあいに出して語る伝承やきまり文句や物語の主題が共有されているために、そうした感覚は弱められてしまう。書くことともに、剽窃へのいきどおりが現れはじめる。」（p268）しかし、印刷が始まってはじめて著作物が著者に帰属する事が制度的に保証されたという事を指摘する。&lt;br /&gt;
　マクルーハンはそれを写本の時代にまで拡大する。「不思議なことたが、著者であるとか、偽作の問題にひとびとが関心を持ちはじめるのは、消費者中心の文化なのである。写本の文化は製作者中心の文化、つまりほとんど完全な手作り文化であるといってよかった。そして、扱っている事実がどこから由来したかということよりも、それ自体として目的にかなっているかどうか、役立つかどうかが問題にされた。」と写本時代の著者感覚について述べ「当時は、のちの印刷時代に理解されたような意味での作者個人というものは知られていなかったし、今日の意味での読書界もなかったのである。」（『グーテンベルグの銀河系』P202）と結論する。&lt;br /&gt;
　著作権成立の文化的背景を尋ねて見るのは興味深い事だと思う。中国では李漁が著作についての意識を持った文人として知られるが「清初の政情不安のために、おそらくは膨大な分量にのぼったと思われる自著の版木を携えて、杭州から南京に移り済んで出版活動を行い、自分の書物を無断で出版したものに対して、厳しく抗議している、というところには、”山人”の面目躍如たるものがろう。李漁にとっては、この版木（版権）こそが、大事な生活の糧であったわけであるから。」（『明末江南における出版文化の研究』大木康　p142　広島大学文学部紀要第五十巻特輯号一 1991）という経済性の背景を考えさせ、マクルーハンのいう「消費者中心の文化」がこちらでも背景に存在していた事を思わせる。この李漁の形は馬琴の校正への執着につながっている。&lt;br /&gt;
　二匹の鬼が無言で棒を打ち合う所作に『平家物語』の世界を読み取るのは、受容者が作者となっているのであり、そこで作者を同定する事は無意味になる。先のオングの発言にあるように「だれもがひきあいに出して語る伝承やきまり文句や物語の主題が共有」されているパーリーの発見した物語世界でも、作者と受容者の間はごく僅かな間隙しかないのである。&lt;br /&gt;
　パーリーがFormulaと呼んだ「きまり文句」は、和歌における枕詞や縁語にちかい。あるいは、和歌・ことわざそのものが、こうした「きまり文句」に含まれ得る存在である。作者を持たない和歌の存在に注目したのは、折口の学統を引く研究者である西村である。彼は『歌と民俗学』（1966　岩崎美術社）で、『古今集』以前の歌における作者の不確定性を論じた。口承的世界での問題として、パーリー等の指摘する世界と共通性をもつ一方で、主人にかわる代作者の作品が主人の作品とされる問題をとりあげて、「こういう考えに立てば、日本国中の一切の歌の所有権はすべて天皇に帰属してしまう。天子はいつでも、自由に日本国中の歌をめす（召す）ことができたのだ。和歌所の寄人をめしうどと呼ぶのは、その人格も、作品も、すべて天子によって召されたものだからである。」（p179）という。この所有者は情報の発信源として規定されているのではない。ヤコブソン流のメディアでは「天子」をもって発信源とはできないが、物理的なメディアの外がわに、人間的伝達機構を考えるオングの思考はここに引き付けられるおそれがある。なぜなら、発信・伝達・受信の機構そのものを超越的に包み込む構造がオングの側にも、西村の指摘にもあるからだ。情報に対する超越的な場の所有者として「天子」が設定されているのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　傘のメディア&lt;br /&gt;
　上述のような伝達形式は、オングの拒絶にあいながらも、近代メディアに連なり、その機能について重要な示唆を与えてくれる存在となるだろう。マクルーハンは「どんなメディアでもその内容はつねに別のメディアである」（『メディア論』p8）という。であるとすれば、メディアを内容として持つ情報流通の場はやはりメディアであるわけである。この論理に従えば、オングの人間的コミュニケーションの場も天子も同じように「メディア」と呼ばれてしまう。これは広義なメディアである。&lt;br /&gt;
　この形のメディアは、実の所明確に分節された存在とは言い難い。折口の「発想」のように、担い手が意識せずとも間欠的に情報を現しはするが、伝達機構そのものは決して分節化する事はない。したがって無制限にこれを論じる事は議論の拡散を招くだろう。&lt;br /&gt;
　これに対して、意識的なメディアはそれ自体が分節化された機構である。&lt;br /&gt;
　マクルーハンは『グーテンベルグの銀河系』で、ベルナールの『実験医学序説』を引いて、器官の切除などによる「不能化」が特定機能にどのような障害を及ぼすかの観察によって、切除された器官の機能を推論する事が出来るといい、その上でミルマン・パーリーとロードの仕事の紹介をしていた（序章p7）。「つまりパリーとロードはわれわれの聴覚機能が文字使用によって抑圧されたとき、詩という有機体がどのうよな変化を蒙るかを研究したのである。」という。マクルーハンはオングとは異なって、パリーとロードの仕事に明示的なメディアの働きを見たのである。ここはオングとの違いになってくる。&lt;br /&gt;
　『グーテンベルグの銀河系』はパリーとロードの仕事を継承する事を目指したという。&quot;The Singer of Tales&quot;（1960　Harvard University Press）についてイリイチは、パーリーの業績をアインシュタインの業績にたとえた（『ＡＢＣ』&quot;Alphabetization of the Popular Mind&quot; 1988  邦訳1991 岩波書店 p19）。ここから一つのパラダイムが始まったといっても良いのだろう。&lt;br /&gt;
　パーリーのコレクションは、1934から1935にかけて、旧ユーゴースラビアの各地で採集され、12インチのアルミニュウム音盤に3500枚あるという。またそれに伴うテキストも、12500点以上が蒐集され、ハバード大学に納められている。クロアチア・セルビア・ボスニア・ヘルツェゴビナと、その現状から、こうした伝承が存続するかどうかは定かではない。もちろんパーリーがこの地域を選んだのは、旧トルコ支配地として、声の文化の担い手である吟遊伶人が多く存在していたからである。その事が、混交しつつ同化しない、民族浄化にまで発展する強い民族主義の生成にどう関係したのかは、検討の必要のある事象だろう。&lt;br /&gt;
　マクルーハンがパリーとロードを引き継ぐというのは、パリーとロードが口誦と文字との間で行った事を書写と印刷の間で行おうという事である。&lt;br /&gt;
　印刷がメディアとして明示的な存在であり、それが工業社会の雛型であった事は既に多くの指摘がある。そこで生産される書物は、販売され消費される。文学作品は工業製品ではないが、書物は商品である。ピーター・Ｈ・マンの『本の本』（研究社1987　&quot;From Author To Reader&quot; Routledge &amp; Kegan Paul 1982）は今から十数年前のイギリスにおける書物の立体的な研究である。マクルーハンが意識に関わる問題として印刷を取り上げたのに対して、書物の生成・流通過程を追いながら、そこに存在する人々の意識を実地に調査した結果である。この書物の中で、商品としての書物が、その内容によってではなく、その属性によって他の商品と区別される点が説明されている。それは、書籍が他の商品と違うというだけではなく、書籍自身が互いに他の書籍とは異なるという事象である。これは当り前の事ではあるが、出版業は工業社会の中で、常に新製品を送り出し続ける業種であるわけであり、同一資本から競合財を生産する事を回避できない業種でもあるわけだ。江戸時代の本屋仲間がまず類板の取締を期待したのもこうした商品としての書籍の性格に基づくものだった。&lt;br /&gt;
　印刷が持つ問題は日本近世文学の成立に関わる重大な要因である。だが、マクルーハンやオングの扱う印刷の問題と基本的に異なる部分が二つある。一つは、ヨーロッパの印刷は活字印刷であり、アルファベットによるものであった事だ。『ルターの首引き猫』（森田安一　山川出版　1933.11）などで、木版の果たした役割が紹介されているが、日本で見るように木板印刷が一つの文化を形成するには至らなかった。そしてイリイチが書名に掲げているように、ヨーロッパ社会、というよりアルファベット社会と呼びたくなるのだが、あちら側の持つ問題は音節ではなく文字通りの表音文字による記載を印刷したという所にあった。これに対して、ＣＪＫ（China Japan Korean）と呼ばれる漢字使用文化圏の場合には、書記文字の生成過程も性格もマクルーハン、オングの論究する範囲と完全に一致はして来ない。さらに、これが二つめの問題になるのだが、これらの世界では印刷技術がすぐに大量の書籍の供給を行うという展開にはならなかった。書籍の商品化と印刷はここでは直接結びついていないのである。&lt;br /&gt;
　あまり余裕がないので、ヨーロッパの印刷普及の背景となった言われる事象を一つ取り上げておきたい。それはペシアと呼ばれる写本システムである。リュシアン・フェーヴル、アンリ＝ジャン・マルタンは『書物の出現』（&quot;L&#39;apprition de livre &quot; 1971 邦訳　筑摩書房 関根素子等訳  1985）でこれを紹介する。&lt;br /&gt;
　このシステムは、大学が学生に間違いの無い写本を提供するためのシステムであった。大学の所有する善本を大学の認可を受けた商人が借りだし写本を作製する。このもとになる本は一冊であり、孫写本をつくる事は許さず、写本を必ず元の本から作製する事を義務づけた。これが印刷に直結する事は明らかである。「特にパリでは、大学の肝煎りで、この機構の枠組の内部に印刷術が導入されることになるのだ、じっさいのところ当初の印刷機というものは、大学当局者の眼には、巧妙だが限界もある＜ペシア＞システムよりも速く正確に必要なテキストを複製する便利な道具として、映じていたに違いない。」（p56）という見方は印刷機開発当初の印刷に対する期待の所在を示してくれている。&lt;br /&gt;
　写本の商品化という現象が先に存在して、それに印刷技術が適用したという形は日本の場合にも考える価値がある。そのためには、前史として奈良絵本の製作過程などに踏み込んで考察する必要があるだろう。&lt;br /&gt;
　こうして、印刷物の伝達モデルを考えるとそれは、同一物を多量に頒布するのに適している事だと言える。何が「同一物」かという問題を措くが、印刷物のもっている人は、同じ印刷物を他人が持っている事を前提として行動する。これは写本の世界ではありえない。こうした１対Ｎの対立関係においては、希少性を発揮する１、つまり情報源が、多数存在するＮ、享受者に対して優位に立つ。しかも、印刷のメディアでは情報は一方に流通するのであるから、発信者と享受者の関係は一方的である。そして、この流通は何らかの形で社会的に認められ保証さえされている。享受者は同一の情報を受け取り、相互に参照する事ができる。同一の話題がそこには成り立つのである。著作者の顕在化と作品の所有もこれが背景になっている。またこれは、ベネディクト・アンダーソンが『想像の共同体』（&quot;Imagined Communities&quot; 1983 邦訳　リブロポート1991）でナショナリズム生成の基盤として考えた事に通じている。&lt;br /&gt;
　このモデルはピラミッド型、あるいは傘型に描ける。そしてこのモデルは放送、教育を含めて近代のメディアの基本型となるのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　女王のメディア&lt;br /&gt;
　イリイチはネブリハが1492年イザベラ女王にスペイン語の文法書を奉った時の状況を『ＡＢＣ』で再構成した。はじめイザベラはネブリハが、文法書を作製した事の意図を理解できなかった。彼女にとって、「文法とは教師が教える目的のためにのみ作られた道具」であり「風土になじんだ言葉がそもそも教えられるものだとは思ってもみなかった。」し、第一、「王権は王国内の様々な習慣を侵犯することができないという考え」に立っていた。ネブリハはそれに対して、「近代的な王権の使命」として君主権の強化のために風土になじんだ言語を人工語に置き換える事、宮廷が中心になって諸芸を涵養すべき事、征服すべき外地を「グラナダの恩寵」によって文明化すべき事を請願した（p88-91）。田中克彦は『言語からみた民族と国家』（岩波同時代ライブラリー）でネブリハの文法書献上の意図が「帝室の藩屏」たらんとする所にあった事を示唆している（p46）。&lt;br /&gt;
　近代の中央集権構造は決して現在も解消してはいない。近代のメディアもこの形に適合していた。電子の時代になり「声」の文化に戻ったといっても、傘型のメディアには変化はなかった。依然としてメディアは女王のものなのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　どうやら、本題を完全に外して、ついに江戸時代の問題には至りつけなかった。伊賀の地侍の息子が、『源氏物語』を読める時代が来なければ、近世文学は成立しなかった。そして、作家の成立を可能にした読者の成立が江戸の出板機構の経済性の中で可能になった。その機構が明示的に作品に与えた拘束もさることながら、オングが言うように、クライマックスに向って進む形式を持ちながら、読者に語りかけねばならない「声」と「文字」あるいは「印刷」の中間にある作家形態は、江戸後期の小説形態を考える上で、不可欠であろうし、推理小説的構成と読本の出発も背後にある文化の遷移をふくめて捉え直す事が出来るのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>授業資料</dc:subject>

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<dc:date>2009-07-18T22:27:25+09:00</dc:date>
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<title>病院で読んだ本</title>
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<description>　古典的な作品で、まだ読んでいなかったものも今回の入院でお見舞いにもらった。『冷...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　古典的な作品で、まだ読んでいなかったものも今回の入院でお見舞いにもらった。『冷戦交換ゲーム』(ロス・トーマス　丸本聡明　ハヤカワ・ミステリー　978-4-15-001044-7　1968.7.15　2007.6015　4版)はちょっとカサブランカの匂いのする米ソスパイ戦ものだ。ハードボイルド的な面白さと国際関係、もっとも今となっては懐かしい背景だが、そのあたりがミックスされて独特の雰囲気が出来上がる。バーボンでも飲みながら読みたい本だが、もちろん病院ではそうはいかなかった。もう一冊は『料理人が多すぎる』(レックス・スタウト　平井イサク訳　ハヤカワ文庫　4-15-071901-2　1976.10.15　2002.7.15　15刷)。こちらはネロ・ウルフシリーズで一番有名な作品かも知れない。名探偵シリーズだから、殺人と犯人探しがメインストーリーだが、魅力は登場する料理にある。名コックが十五人集って腕を競い合うというのだから、それだけでも旨そうな話だ。その話の起点はカタロニアのソーセージだった。それはそれはおいしそうで、病院に居る人間には「早く良くなろう」と前向きな食欲を掻き立てる名作だった。&lt;br /&gt;
　ところで、この本を読み終わったころ、一人の患者が入院して来た。日本語が話せない人で、病室の看護婦さんたちは大弱り。看護学校の英語ではsuppositoryなんて教えないのか、手真似で説明している。また、レントゲンと言っても通じないし、朝食の大根おろしを「これなんだ」と聞かれて困ってしまうという状態になった。たまたま電子辞書を持っていたのが運の尽きで、僕の不自由な英語で通訳をすることになってしまった。この歳になるまで自分の英語を誉められたのはこれが初めて。妙な体験をしたのだが、この外国人はカタロニア出身のチェリストで、公演に来日して事故にあったしまった。パブロ・カザロスを思い出す前に、まずカタロニアのソーセージは美味しいかと聞きたかったのだが、異国で、大根おろしとシラスなど食べさせられているときに、そんな残酷な質問をしてはいけないと踏みとどまった次第である。&lt;br /&gt;
　さらにもう一冊、ブライアン・オールディスの『地球の長い午後』(ハヤカワ文庫　伊藤典夫訳　978-4-15-010224-1　1977.1.31　2008.9.15　23刷)は少し細菌にやられて熱っぽい間に読んだものだから、余計に情景が鮮明に頭の中に刻み込まれた。赤色矮星化した太陽の下で、異常に進化した植物と、文明を失い変異を重ねながら生き延びた人類が織り成す物語だが、ナウシカの背景になった腐海のイメージに通じるところもある。サイバーパンクの描く電脳系未来に対して生態系未来と言えるだろうか。いずれにしろ、三冊とも、読まずに死んでしまわなくて良かった。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

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<dc:date>2009-07-04T18:23:55+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/06/post-7657.html">
<title>『災いの古書』読みました。</title>
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<description>『災いの古書』ジョン・ダニング　横山啓明訳　ハヤカワ文庫　978-4-15-17...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;『災いの古書』ジョン・ダニング　横山啓明訳　ハヤカワ文庫　978-4-15-170409-3　2007.7.25初版&lt;br /&gt;
　交通事故で寝ている間に読んだ本の一冊だが、頭がぼやけていたせいか、それほど強い印象は受けなかった。今回の主役は著者のサイン入り本で、日本のコレクターに比べて、アメリカのコレクターはサイン入り本にこだわりを持っているようだ。日本の場合、値の張る特に和古書の世界ではサイン入りという概念自体が成り立たない。&lt;br /&gt;
今回の事件は、主人公クリフの恋人、エリンの親友で、エリンの昔の恋人ロバートを奪って結婚したローラが、ロバート殺しの嫌疑を掛けられ、エリンに弁護を依頼してきたことから始まる。ロバートがサイン入り古書の収集家だったところからクリフの活躍が始まるのだが、典型的なアメリカ保守派の憎まれ役の保安官代理や、牧師と呼ばれる怪しげな古書業者などが現れ、キャラクターの魅力はある。&lt;br /&gt;
　アメリカの古書フェアの描写があったのも面白かった。規模にもよるようだが、出店料4000ドルらしい。その場で600ドルの本が6000ドルに化けていく様子など、日本の市とは一味違いそうだ。この古書展では一般入場が午後四時で、業者は朝の八時からブースを用意して業者同士の取引を始めている、そこで十倍の値がついたりするのだ。ここにあげられている書物は『ローラ殺人事件』で、映画の方が有名になり、書物は大変少ないらしい。映画とリンクするところなどもアメリカらしいと言えるだろう。こちらの殺人事件もローラの事件だから、洒落のようにこんな本を使ったのかもしれない。&lt;br /&gt;
　ミステリーとしての出来はそれほどでもないが、寝たきりで読んでいると、むしょうに古書展に行きたくなる一冊だった。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



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<dc:date>2009-06-27T15:50:25+09:00</dc:date>
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<title>普段なら読まない本</title>
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<description>　これまだ読んでないでしょう。と言って自然科学系の先輩が持ってきてくれた本が『イ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　これまだ読んでないでしょう。と言って自然科学系の先輩が持ってきてくれた本が『イワシはどこへ消えたのか』(中公新書978-4-12-101991-2　本田良一　2009.3.25初版)だった。三月四日の夜から入院していたから、読んではいない。入院中の読書は案外難しい。本屋にいけないから自分で選べない。僕の場合、右手が使えず左手も管が通っている状態だったので、ちょっと重い本はだめだ。読みかけだった文庫本は読んでしまったし、ちょうど良いときにもらったのだが、多分、普段だったら読まないテーマだ。&lt;br /&gt;
まず、この本から漁業が漁師の自由な漁労活動ではなく、社会主義国に匹敵するような規制によってがんじがらめにされていることを知った。というより、漁業の実態なんて、これまで考えても見なかったので目からうろこだった。これでは後継者など育つわけはない。量的規制や割り当て高にしても、根拠が十分ではなかった。そこに地球規模の気候変動に結びつく現象が繁栄する魚種の交代を引き起こしていることが分かってきた。レジーム・シフトと言われる現象である。本書の目玉の一つはこれだ。これに対応した漁業政策がすぐにも取られるべきなのだが、役所や組合の対応は緩慢だ。&lt;br /&gt;
　こんな本を読んでいるところに、今度は見舞いに来た卒業生が『奇跡のリンゴ』(幻冬舎　石川拓治編　978-4-344-05144-9　2007.4.25初版　2009.4.25　15刷)と『リンゴが教えてくれたこと』(木村秋則　日経プレミアシリーズ　978-4-532-26046-0　2009.5.8初版)を置いていってくれた。この卒業生は、青森でリンゴを詰める段ボールを作っている会社の女社長さんで、書名に反応して読んだら、涙が出るほど感動したと、事故にあう少し前に僕に勧めていた。倒れたと聞いて早速この本を持って駆けつけて来てくれた。やはりいつもは読まない本だ。ただし、厚さも適当で、病床に適していた。&lt;br /&gt;
　リンゴは農薬が無ければ育たないという通説を覆した苦労話が2冊の本の中心だ。確かに泣ける話になっている。イワシの話でもレジーム・シフト学説は、一度は世界的に否定された。リンゴの方は個人の挑戦だから、個人の生活が犠牲になって、木村家は悲惨な生活を強いられる。その上での発見だから、読者は泣けるのである。木村さんを支えた力の一つはDITY精神だ。バイク乗りが昂じて機械いじりに長じたのが、自分で何かをやる精神を育てたのに違いない。何かを創れる能力は現代社会における一種の武装だと思う。&lt;br /&gt;
　リンゴとイワシを無理に結びつけるつもりは無いのだが、そもそも漁獲量の決定はこれまで信じられてきた科学的方法によっていたはずだ。たとえそこに政治的要因がからんだとしても、根底にあったのは近代科学の成果だろう。リンゴの場合はもっとはっきり科学的根拠によって農薬を用いた栽培方法になっていた。リンゴとイワシの改革はこれまでの科学主義を崩すことによって問題解決に近づこうとしている。&lt;br /&gt;
　この姿勢は相対主義と根を一つにしているようにも見えるのだが、しかし、どちらも科学全体を相対化しているのではなく、生態系についての理解不足に起因しているのであり、科学の進歩の範囲内だと見ることも出来る。&lt;br /&gt;
ブラック・ボックス化した科学的常識を否定するには、一見、科学それ自体を相対化するような精神的な働きが必要になる。下手をすれば神がかりや精神主義に陥る危険性もある。イワシやリンゴといった身近な存在でさえ、こうした危険に直面しているわけだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

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<title>本日退院いたしました。</title>
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<description>　先日来、一時帰宅をしては書き込んでおりましたが、本日正式に退院となりました。約...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　先日来、一時帰宅をしては書き込んでおりましたが、本日正式に退院となりました。約三か月半に及ぶ病院生活でした。もっと長い療養生活をなさっておられる方も多いと思いますが、この期間でも私には十分長く感じました。もう入院は嫌ですが、いやでも足の金具をはずすため秋に数日入院せねばならないと思います。それまでは完治というわけには行きません。&lt;br /&gt;
　しかしながら、再びブログを書き続けることができる環境となりました。ぽつぽつ始めることにいたします。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>



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<title>『ないもの、あります』(ちくま文庫　クラフト・エヴィング商會　978-4-480-42571-3)読みました。</title>
<link>http://uchidayasu.cocolog-nifty.com/yulog/2009/06/978-4-480-42571.html</link>
<description>　三月四日の事故のとき、持っていた本がある。車に直撃されたカバンに 入っていた文...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　三月四日の事故のとき、持っていた本がある。車に直撃されたカバンに&lt;br /&gt;
入っていた文庫本はヨレヨレになってしまったが、無事に残っていた。一緒にあったデジカメはレンズから黒く液晶が流れ出し、使い物にならなくなってしまった。&lt;br /&gt;
　その本は『ないもの、あります』(ちくま文庫　クラフト・エヴィング商會　978-4-480-42571-3)。電通の『月刊アドバタイジング』の連載を元にした単行本の文庫化だそうだ。“左うちわ”だとか“他人のふんどし”“目から落ちたうらこ”など、比喩上の物品の実在は如何なるものかというところを、赤瀬川原平風の挿絵とエッセイで紹介している。軽さとちょっとした笑いが身上の読物だ。&lt;br /&gt;
こういった軽い読物も大怪我を挟んで読んでいると感覚が変わってくる。まずはさっきまでパリッとしていた装丁がヨレヨレになっているところだ。麻酔が醒めるにつれて、ベッドサイドに置いてある書物の変わり果てた姿に、自分の状態が重なってくる。左脛に打ち込まれた金属のやぐら。右肩の三角巾。骨盤のための絶対安静。額に出来た大きなこぶ。その他無数の傷。その傷の一つがこの文庫本なのだ。そして、三ヶ月経った今、回復期になり、大きな傷は左脛の金属やぐらだけになっているが、文庫本は回復しない。古傷として残っている。中身が軽くて無邪気なだけ、いとおしくなってしまう。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

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<dc:date>2009-06-14T12:24:03+09:00</dc:date>
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<title>『日清戦争「国民」の誕生』（講談社現代新書）を読みました。</title>
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<content:encoded>&lt;p&gt;　入院中に読んだ本の中で、これだけは早くブログに書きたかったのが『日清戦争　「国民」の誕生』（978-4-06-287966-6　講談社現代新書　2009.3.20初版）だ。著者の佐谷眞木人さんを知っていることもあり、また頂戴した書物であることもあるが、何より内容が面白かった。このところこのブログに書き込んではいないのだが、僕が『朝野新聞』の明治十一年ごろの記事を読んでいたことと奇妙に共鳴している。また、『萬葉集の発明』が国民歌集を創り上げていった過程を、『創られた伝統』歴史的有効性の問題としてとらえなおす視点にもなっている。本書の出発点は『民族の表象』(慶応義塾出版会)にまとめられたプロジェクトであることもうなづける。&lt;br /&gt;
　この書物では日清戦争の報道が日本国民の帰属意識を高揚させたターニング・ポイントを作り上げたことが指摘されている。日露が非西洋諸国に抗ヨーロッパ意識を根付かせたのが、外向きの効果であったとするならば、日清の効果の内向きな側面だ。義勇兵、義捐金、兵士の美談など新聞を媒介として競争的な意識が波及した。ルネ・ジラールの欲望の模倣、ボードリアルの消費行動などに共通するものが無いだろうか。そんなことを考えてしまった。&lt;br /&gt;
　『朝野新聞』の読者としては、台湾事件の時、ほとんど清国との衝突を信じた一部の士族が義勇軍の設立、参加を願い出て、それが新聞記事として取り上げられていたことに注目したい。こうした行為が爆発的に昂揚するのは、実戦となった日清戦争を俟たねばならないだろうが、その気分は少し遡る時点から現れつつあったのかも知れない。同時にこれれは、新聞記事として同時に掲載されることが多かった、学校設置への私財寄附とも関連しないだろうか。&lt;br /&gt;
　メディアとしての新聞に行動喚起力があったことが、それ以前のメディアとの交代に関わると見ることはどうだろう。この書物では歌舞伎の持つ際物的性格が、西南戦争においては報道的役割を果たしていたのに、日清戦争以降、古典劇としての場所を確立していく過程が記されている。演劇運動の中での位置づけも必要であるが、メディアの性格変化としてみることも十分に意味がありそうに思う。&lt;br /&gt;
　このほかにも戦争記念碑の問題など、本書をとっかかりとして、忘れられた近代遺跡をメディア史的観点から見直すことも出来そうだ。病床で良い刺激をうけてしまった。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>書籍・雑誌</dc:subject>

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<title>勉強になりました。</title>
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<description>　まだ入院生活が続いています。病院が通信の制限をしているので、自宅に帰ったときし...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　まだ入院生活が続いています。病院が通信の制限をしているので、自宅に帰ったときしか書き込みなどできません。しかし、今回の入院はまことに勉強になることばかりです。今日はスペインのチェロ奏者が緊急入院してきました。救急病院ですから、あらゆる方がいらっしゃいます。その中でいろいろなことを考えさせられました。高齢者の医療など、経済面の問題ではなく、生きて生活していく基盤を自分で築けるような仕組みを考えないと、医療費の割に当の患者にとっても不満ばかりが鬱積してしまうでしょう。自分にも何かできることはないか考えさせられる三か月でした。これからもうしばらく入院と帰宅の振り子生活が続きそうです。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

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